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二回試験のご報告と更新終了のお知らせ

発表から間が空いてしまいましたが、二回試験に無事合格しておりました。
来年からは東京で弁護士として働くことになります。

修習の一年間はとても充実しており、各実務庁や指導担当の弁護士先生、研修所教官の方々には本当によくしていただき、限られた時間ではあるものの、いろいろと教えていただきました。勤務先の業務内容からして、修習で学んだ内容をストレートに活用する機会は必ずしも多くないのかもしれませんが、法曹三者の立場から実際に仕事をしている姿を見せていただき、修習生としてとはいえ実際に関わらせていただいたことは、法律家として働くということの意味や自分の進路を考える上で、貴重な経験になりました。
また、一年間の修習を通じて、実務修習をともにした修習地の同期や、研修所のクラスメイトと知り合うことができ、大切な友人をたくさん得ることができました。飲み会で下らない話から法律家のあり方まで様々な話題で盛り上がったこと、課題や授業のために一緒に準備し議論したことなど、今振り返るとどれも懐かしく思えます。

修習の意義についてはいろいろ言われていますし、教育カリキュラムとしては改善の余地があるようにも思います(とりわけ集合修習について)。しかし、法曹三者の職務を実際に見て、内部の人間や志望者と触れ合い、心を通じ合わせるという機会が得られるという点で、修習にはほかでは得難い価値があったと感じています。そういった経験を法律家すべてが共有してきたからこそ、検察の不祥事など様々な異常事態があったにもかかわらず、法曹三者がそれぞれの立場を法律のプロとして信頼し、司法実務が成り立っているところがあるのではないでしょうか。
その意味で、今年から修習生の給費制が終わり、修習の意義についてきちんと議論されることなく貸与制に移行するというのは、とても残念なことです。

以上が修習の感想ですが、せっかくなので、これから修習生を目指す司法試験受験生(とりわけこのブログの趣旨から再チャレンジ組の方々へ)と、修習がはじまった65期の修習生へ、思うところを書いておきます。

僕自身の司法試験合格から1年以上経ってしまいましたが、いま修習を終え、受験勉強でやってきたことは無駄ではなかったというのが偽らざる実感です。修習で垣間見た実務は、司法試験で得た知識だけで何とかなる世界ではありませんが、そうした知識は当然前提とされます。例えば検察庁では、刑法の理解がなければ処分を決めるための的確な捜査を遂げることはできなかったし、裁判所では訴訟指揮について手続法の理解が前提となります。弁護士でも、一般民事の事件でも意外と(!)法律的に悩む問題は多くて、そういったところではこれまでの知識や、司法試験でも必要とされる「法律的な議論の運び」が求められたように思います。
今思えば、二年前に間違って受かってしまっていたら、そういった前提を欠いたまま修習に臨んでしまい、本来得るべきものの手前で躓いてしまっていたことでしょう。不合格を受けてそれなりに勉強していたからこそ、修習の期間に裁判官と議論したり、弁護士と新たな法律構成について検討したり(司法試験の問題で出てくるような高度な問答ではありませんが…)と、貴重な機会を得ることができました。ですから、辛い受験勉強は決して無駄にならないし、再受験になったことも長い眼で見れば間違っていないといえるはずです。
そんな風に不合格を前向きに捉えることが難しいことは僕自身も承知しておりますが、かといって後向きに考えたり、試験を意味のないものと捉えて勉強しても得られるものはないので、せっかくの勉強機会を先に活かすという気持ちで、日々の勉強を継続されることをおすすめします。

一方、修習がはじまった方々は、それぞれの修習地での生活が始まり、だんだんと修習生活に慣れてきた頃ではないでしょうか。誰もが言うように、修習期間はとても短いので、体に気をつけつつ、悔いのないようにお過ごしください。
修習期間の過ごし方について偉そうなことをいえた立場ではないのですが、一年間の修習を経た身からして思うことは、裁判・弁護・検察と、仕事に関わる立場やスタンスが違う中で、それらに共通するところを意識することが有益だということです。結局のところ、それら3つの仕事の中核は、事実を判断し、評価することであって、その方法論や考え方に三者の違いはあるものの、目指すところは近くにあります。そういう頭で三つの立場を行き来することで、自分なりにいろいろ考えるところがあるんじゃないかと思います(もちろん、集合修習での5科目も同じことで、民事・刑事や立場の違いはあれど、どれも事実認定という点で共通しています)。
そのような共通点や違いを実感するためにも、せっかくの修習期間を無駄にせず、(多少合わないなぁと思う人も含めて)裁判官や検察官、弁護士とも仲良くしておくと、いろいろ面白い話が聞けるし、修習が終わってからの懐かしい思い出が増えるというものです。


とまぁ、例によって偉そうなことを長々と書いてしまいました。
ともかく、僕自身の司法試験と司法修習はこれで終わり、無事法律家としての一歩を踏み出すことができました。これを節目に、このブログも更新終了ということにさせていただきます(というほど更新していませんでしたが…)。
僕が司法試験の再チャレンジに成功し、無事に修習を終えられたのも、このブログで僕の受験生活を見守ってくださり、励ましてくれた皆さまのおかげです。最後になりましたが、どうもありがとうございました。

※記事の更新は終わりですが、コメント等で質問があれば、可能な範囲でお返事差し上げたいと考えております
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まとめ【二回試験のご報告と更】

発表から間が空いてしまいましたが、二回試験に無事合格しておりました。来年からは東京で弁護士として働

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おめでとう

 岡山の中年弁護士です。まずは弁護士登録おめでとう。

 ただ、新司法試験によって弁護士になる前に挫折させる試験から弁護士になってから挫折させる試験にかわってきています。今後とも精進してください。

おめでとうございます!

二回試験合格おめでとうございます。

今年、私は2回目の受験を控えておりますが、このブログは再受験生のためになる情報が随所に記されていて大変ありがたい存在です。

今回が最終記事ということですが、受験生にとっては勉強のモチベーションが上がるもので、これから試験日まで改めて頑張ろうと思いました。

これから実務家としてご活躍されることを祈っております。

どうもありがとうございました。

お返事遅れてすいませんでした

>madiさま
お祝いの言葉、どうもありがとうございます。
試験を終えて実務に出てからが本当の勝負だと心得ているつもりではありましたが、改めて気を引き締めて励みたいと思います。機会がありましたらよろしくご指導ください。

>再受験生
受験勉強の最中にお祝いいただき、ありがとうございます。
自分の拙い記録が皆さまのお役に少しでも立っているのだとすれば、とてもうれしいです。
皆さまの成功を心より祈っております。

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質問(刑訴)への回答

刑事訴訟法について下記のようなご質問がありましたので、一応私見を述べておきます。
なお、特に支障がなければ、匿名でも構いませんので公開のコメントでご質問いただけましたら幸いです。

質問の要旨
220条1項2号の限界について古江先生や酒巻先生、ローの先生の説明が混同してしまい、非常に困惑しています。受験生としてはどの立場によることが無難でしょうか。

私見
刑訴法について詳しいわけでもなく、また受験的にも刑事系が得意かというとそうでもないわけですが、ご質問いただきましたので、僕が受験のときに取っていた立場を記しておきます。古江先生に教えていただいたこともあってその見解に沿っているつもりではあるのですが、違ったらごめんなさい(理由づけが大事なので、誰の立場が正しいとかいうものではないと思いますが)。

220条1項2号の限界というと、無令状差押えの話でしょうか。その場合、いわゆる緊急処分説と相当説の対立が問題となるところです。
この点については確かに学説が分かれていますが、令状審査を必要としない理由があるから無令状差押えができるようになっているはずなので、令状審査が求められる趣旨を裏返して考えると分かりやすいように思います。憲法35条は正当な理由(犯罪と証拠物の関連性(刑訴法99参照)と、かかる関連性を有する証拠物が存在する蓋然性(刑訴法102Ⅰ・Ⅱ参照))と捜索対象の特定を求めており、審査との関係では「正当な理由」がポイントになってくるはずです。
これによれば、無令状でも大丈夫なのは、審査しなくても正当な理由が認められる事情があるからだ、という理解ができます。すなわち、逮捕の現場であれば逮捕に係る被疑事実と関連性のある証拠が存在する蓋然性が高い、ということで、相当説を理由づけることができます(さらに、「逮捕の現場」と限定することでもう一つの憲法上の要請もクリアしています)。
緊急処分説も、関連性のない捜索差押えは当然認めないわけですから、上記のような「正当な理由」の存在する蓋然性は当然に認めています。その上で緊急処分説は、無令状の差押えを限定するために(具体的には、事前に令状を得られないような場合に限定しようとしている)、+αの理由として「証拠隠滅の危険性」が必要だと主張するものです。しかし、裁判官は証拠隠滅の危険性を令状審査で考慮しているわけではありませんから、証拠隠滅の危険性を無令状差押えの許容条件として持ってきてもフォローにはならないと思います。
それに対して相当説は、+αの理由づけとして、逮捕という強力なプライバシー侵害が適法に許された以上、これに現場での捜索を付随させても住居の平穏を犯す程度は小さいから例外的に無令状差押えをしてもよいという説明をします。これについても、憲法33条と35条では保護される権利が異なり、逮捕ができるから捜索差押えも許容されるということにはならないという批判はあり得ますが、被侵害利益から説明している点で、逮捕の現場での差押えの許容性の説明としてより説得的な気はしています。

無令状差押えについてはほかにも論点がありますが、上記のように「なぜ無令状でいいのか」ということを自分なりに整理しておくと、そこから説明をすることができるようになります。たとえば、逮捕した場所以外での無令状差押えの可否という論点では、「被逮捕者の身体・所持品に証拠物がある蓋然性は逮捕の現場でなくても同様に高いといえるし、令状による身体捜索の場合にも付随的措置として最寄りの場所まで移動させることが可能である以上、無令状捜索に限ってこれが許されない理由はないから、逮捕の場所と同視できるような場所での差押えは法律が当然に予定したものとして許容される」と論じることになります(緊急処分説でも説明は可能です)。
他の論点についてもそうですが、「証拠が存在する蓋然性」とか「証拠隠滅の可能性」といった規範に出てくる言葉だけで考えるのではなく、なぜそんな要素が議論されているのかといったことを意識してみると、自分なりの筋道ができるのではないかと思います。僕もそんな偉そうなことが言えるほど勉強できていたわけではありませんが…

*学説名の誤記をいくつか修正しました(下記のコメントを参照のこと)

詳細なご説明ありがとうございます。心からに感謝しております。
自分は相当説に切り替えたいのですが、相当説での書き方について質問があります。
?被疑者宅で逮捕し、被疑者を警察署に連行した後、その被疑者宅を捜索できるかという問題に対して、相当説であれば何を問題として、どういう論じ方をすれば良いかです(「逮捕の現場」か「逮捕する場合」どちらが問題となるか)。
自分は緊急説で逮捕後は「逮捕する場合」は問題としないと割り切りながら、「逮捕の現場」を「証拠存在の蓋然性があり、かつ証拠隠滅のおそれがある範囲」という抽象的概念(現場性)ととらえ、連行後は証拠隠滅のおそれがないため、現場性がなく、「逮捕の現場」にあたらないと考えてきました。どうせ令状がでる以上これは厳しすぎると自分でも感じています。

?被疑者の身体に対する捜索であれば、移動後も逮捕の現場と言えるとのことですが、確かにその通りだと私も考えています。ただH8.1.29(内ゲバ事件)の判例が「その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないとき」と限定を加えていることは無視してよろしいのでしょうか?また、その場でできたにも関わらず、移動後に身体の捜索をしたことを違法とした裁判例があることも気がかりです。

?相当説であれば、路上等で逮捕しても証拠存在の蓋然性があれば、「逮捕の現場」は自宅等まで拡大していいのでしょうか。大麻タバコの事件との関係で疑問に思いました。

?相当説の場合、逮捕「前」の捜索差押を「逮捕する場合」というために、どういう説明をするのでしょうか。緊急説であれば、その趣旨から証拠隠滅のおそれや加害のおそれは逮捕前でもあるので~と書きやすいのですが、相当説については趣旨から導く方法がいまだにわかっていません。そして逮捕「後」は「逮捕する場合」は問題とならないと割り切っていいのでしょうか。

長々と長文申し訳有りません。ご迷惑であろうことは重々承知の上、時間がある時にでも返答いただけたら幸いです。

No title

>マイマイさま

*前回の記載で途中から「緊急処分説」を「緊急避難説」と誤って書いてしまいました。あと、「相当性説」も、基本書などでは「相当説」と表記されるのが一般的でした。申し訳ありません(ただ、いずれにせよ、答案に学説の名前を書くのは基本的にはやめたほうがいいでしょう)

連行後に被疑者宅を捜索できるかという問題は、前の説明で触れた相当説の+αの理由である「逮捕という強力なプライバシー侵害が適法に許された状態の存在」というところをあげることになるでしょう。
条文上「逮捕の現場で」と限定して無令状の差押えを認めているのは、いくら証拠存在の蓋然性があるとしても、刑訴法で逮捕と差押えを明確に分け、差押には別途の令状を要求している以上(これは憲法の要請でもあります)、令状審査を不要とするために、類型的な「正当な理由」の存在に加えて「逮捕の現場」でのプライバシー制約状況の存在を求めているのだという理解です。
こう考えれば、逮捕して被疑者が出ていった以上、既に平穏となった自宅の捜索差押えは許されません。逆に、少なくない人が採られているであろう、緊急処分説のうち第三者の証拠隠滅可能性を考慮に入れる立場では、逮捕後の無令状差押えをカバーする理由付けができないのではないかという疑問もあるところです(もちろん、それは「逮捕の現場」でないから許されないわけですが、「逮捕の現場」に証拠隠滅の防止という意味合いを持たせる見解ではうまく説明できないじゃないか、という疑問です)。
*なお、「どうせ令状がでる以上これは厳しすぎる」として、逮捕後は被疑者宅を自由に捜索差押えできるとお考えのように読めるのですが、それは間違いです。令状が出るだけの嫌疑があるとしても、きちんと令状を求める手続きを要求するのが、令状主義の考え方です。実務でも、身柄をおさえて調べている被疑者の家を調べる場合には、きちんと令状を取得しています。

内ゲバ事件の判例が加えている限定は、令状がある場合の差押えで付随的処分として許される処置とのアナロジーで考えればよいでしょう。令状を取得している場合でも、付随的措置として最寄りの場所まで移動させることは可能ですから、無令状でも当然それは許されてよいし(条文が予定している)、逆に付随的処分として必要な限度を超えた移動はそれ自体が強制処分となるので許されません。だから、「その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないとき」だけ、付随的処分としての移動を許しているのです。
相当説であっても、路上逮捕のような場合で自宅を捜索することは当然許されません。そもそも、相当説は(緊急処分説も)「逮捕の現場」である被疑者の身体及びその周辺(いる場所)に証拠存在の蓋然性の高さを認めるのであって、逮捕された人間だから家に証拠があるだろう、といった蓋然性は問題としません。
大麻タバコの判例(東京高判昭和44.6.20のことですね)は、百選でも指摘があるとおり、理論的に問題があるように思われます。しょせん(!)高裁判決ですし、これは無視しても一向に構わないでしょう。

最後の、逮捕前の捜索差押えを「逮捕する場合」とする場合の議論についてですが、緊急処分説に立たれるのであれば、基本的には逮捕前の捜索差押えは許されないとして最高裁判決を批判する帰結に至ることになります(逮捕に踏み込むまでは証拠隠滅の必要性が増えるわけではない)。この点を誤るとまずいので基本書などを読み直しておいてください。
その上で相当説からどう考えるかということですが、逮捕前の捜索も逮捕状の執行に伴って行われるものであって、それによる許されたプライバシー侵害が生じているから、それによって差押えも許容されるという説明をすることは可能でしょう。ただ、相当説に立ちつつ最高裁判決と異なる見解に立つことはもちろん可能で、被疑者の逮捕に着手してこそ被疑者のプライバシー侵害という+αの理由が明確に生じ、「逮捕の現場」という言葉もそれを想定しているはずだ(条文は「逮捕に際して」などとは規定していない)という議論もありえるでしょう。

いずれにせよ受験上重要なことは、確立された最高裁判例がある場合にはその存在を決して無視せず、判例に沿うのであれば(問題上の重要度に応じて)理由付けを付し、判例に反する見解を取るのであればその理由をきちんと述べる(判例の見解を批判するという形が必須かどうかはともかく、判例の見解をしっていることのアピールは必須でしょう)、ということです。
学説も、判例がある場合には、その理由を分析し、それを正当化したり、あるいは判例を批判するという形で展開しています。そういった問題意識で、学説に振り回されるのではなく、かといって判例にべったり寄り添うのでもなく、出来る限り判例を理解した上でそれに対する自分の立ち位置を決めるという感じで勉強されるとよろしいのではないでしょうか。もちろんそれは簡単なことではないし、自分もどこまでできていたか怪しいところですが、そういう意識を持っていたことはどこかで役に立っていたのだと思っています(あと、そっちのほうが勉強が楽しくなります)。

一度そうした視点で基本書や論文を読み、自分の考えを整理したうえで、ローの先生に質問してみると、何か発見があるかもしれませんよ(僕もロー時代たまに質問することがあったのですが、自分なりに調べたうえで問題点を整理して質問するとさすがになるほどという答えが返ってきたし、何となくで聞きに行くと何となくわかったような気にしかなりませんでした…(そして前者のようなことがほとんどできなかったので失敗したのでしょう))

No title

こんなに早く回答してもらえるとは思っていなかったので本当に助かります。
相当説・緊急処分説につき、やっと頭の整理ができました。

見ず知らずの人間に対し、ここまで親切にしていただける管理人さんの心の広さには本当に助けていただいてます。まとめノートの作成も、情報の一元化に悩んでいた自分にとっては衝撃的でした。自分は現在2年なので受験が1年半先、合格発表が2年近く先ではありますが、合格したあかつきにはここに報告しにきたいと考えています(それまでブログがあればうれしいです笑)。

いろいろとありがとうございました。今後の実務家としての活躍をかげながら応援させていただきます。

こんばんわ、眠れる豚様。
まゆみんと言います。
今回は、行政法の第三者の原告適格について、質問があります。
取消訴訟を提起するためには、『法律上の利益を有する者』に当たらなければなりません。
判例は、『法律上の利益を有する者』とは、当該処分によって、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は、必然的に侵害されるおそれがある者をいい、行政法規が、具体的利益を専ら一般的公益に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個人的利益としても保護する趣旨と解される場合、それも法律上保護された利益に当たる、としています。
桜井・橋本、宇賀、芝池等の基本書を読んだのですが、ここでいう、『行政法規が、具体的利益を専ら一般的公益に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個人的利益としても保護する趣旨と解される場合』の意味が、良く分からないのです。
本当に、申し訳無いですが、この意味を分かり易く解きほぐしてもらえないでしょうか。
よろしくお願いします。

行訴原告適格の質問について

>まゆみんさま

ご質問ありがとうございます。
理解している限りでお答え差し上げます。

原告適格が問題になるのは、その原告が行政処分の名宛人ではない場合です。行政処分の対象になっている者は、当然その法律上の処分を争わせるべき立場にあるので、原告適格があるに決まっているわけですが、それ以外の人にも争わせる必要がある場合、すなわち「法律上の利益」がある場合に限って、原告として(自分に打たれたわけではない)行政処分を争わせてあげる、というのが、行訴9条の意味です。
これを前提にして考えると、「一般的公益ではなく個別的利益」というのは、単に法律が考慮しているというだけではなく、その処分との関係で、処分を争うだけの当事者性を与えるに足る利益を有しているかどうかを問題とする意味だということができます。ここでいう「単に法律が考慮している」というレベルは、法の目的規定に書いてあるだけとか、そういうレベルをイメージしてみてください。

ここで、原告適格を検討する答案作成の場面をイメージしてください(検討したことがなかったらごめんなさい)。原告適格を論じる場合、最初に定義を書いてから、9条2項の枠組みで判断すべく、(1)関連法令の認定をして、それから(2)関連法令が原告の利益を保護しているといえるかを検討することになります(解釈→あてはめ、という形になります)。
この(2)では、そもそも関連法規が原告の権利に関係しているといえるかどうかという抽象的なレベルのチェックをした後で、それが原告個人の権利を具体的に保護しているとまでいえるかをチェックすることになります。この後者のチェックが、質問に係る「個人的利益としての保護」があるかどうかというポイントです。
具体的に例示すると、騒音被害で苦しんでいる原告の原告適格を検討する際に、関連法令の中に周辺住民の住環境への配慮を示したものがあるかどうかを探す段階がまずあります。これではまだ「単に法律が考慮している」だけなので、原告適格は基礎づけられません。そこで、法律の仕組みをよく見て、処分要件として騒音関連のものがないか、周辺住民に騒音などに関する意見表明の機会はないか、騒音基準に関連した調査の仕組みや処分相手への罰則は用意されていないか…といったことを見ていき、この法律の仕組みは単に「周辺住民には配慮しろ」と言っているだけではなく、周辺住民が騒音等で困らないように具体的な行動や手続きを義務付けるようになっているということが言えれば、周辺住民である原告を個別的に保護しているということで、原告適格が基礎づけられます。小田急訴訟最高裁判決はこのパターンですね。

また、対象となっている利益の大きさから個別的保護を認めるパターンもあります。よく言われるように、生命・身体に関連する問題には原告適格を広く認める一方、ただの財産権だと原告適格は狭い、という傾向があります。重要な法益(場合によっては被処分者よりも!)が侵害されているのであれば、争わせるべき必要が強い、という発想です。
多分そういう発想に立っていると思われるものとして、最判平成21年10月15日(昨年の本試験に出ましたね)の「生活環境に関する利益は、基本的には公益に属する利益というべきであって、法令に手掛りとなることが明らかな規定がないにもかかわらず、当然に、法が周辺住民等において上記のような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解するのは困難」との判示があります。この判示を逆に読めば、利益の性質が私益に属するもの(生命とか)なら、法令に明らかな手掛かりがなくても、侵害される恐れがあればそれで行訴9条1項に該当するともいえそうです。
この「利益の大きさ」というのは、同じ種類の利益の中でも考慮することができて、例えば小田急訴訟最高裁判決は「住所地と本件鉄道事業の事業地との距離関係などに加えて、本件条例2条5号の規定する関係地域が、対象事業を実施しようとする地域及びその周辺地域で当該対象事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域として被上告参加人が定めるものであることを考慮すれば…」として原告適格の範囲を地理的に定め、その外にある原告については「本件鉄道事業に係る関係地域外に居住するものであり、前記事実関係等によっても、本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとはいえず…」という形で、被害が少ないので原告適格はない、とされています。

ここまでの説明が成功したかはわかりませんが、とりあえずは以上のような感じで考えると、原告適格について判例が言おうとしていることがイメージできるのではないでしょうか。
行政法の勉強にあたっては、判例の原文(場合によっては一審がわかりやすいかもしれません)をしっかり読み、どういう流れで事案を処理しているのかというのを自分で追ってみるというのが有益な場合があると思います。原告適格の論点も、単なる行訴の解釈論ではなく、問題となっている事例とそれに関連する一連の関連法規の評価により出てくるものですから、教科書を読んだだけではなかなかイメージできないところがあります。上で挙げたような原告適格の著名判例を講義で扱ったことがないのでしたら、機会を作って自分で読んでみることをおすすめします。

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コメントへのお返事

ある方から、本ブログをお読みいただき、受験用商材への協力依頼をいただきましたので、便宜ここでお返事差し上げます。

結論から申し上げると、ここで記載した内容も含めて、自身の受験ノウハウを有償で提供するつもりはございませんので、せっかくのお話ではありますがお断りさせていただきます。
僕自身、様々な方から善意でアドバイスをいただき、その結果自分なりに受験に取り組み、合格に至ることができました。その経験は自分一人だけのものであるとは思っておりませんし、もし自分の経験が受験生の方々にとって何らかの参考になるのだとすれば、それは有償ではなく、広く参照可能な形であるべきだと考えております。

以上、唐突なコメントで申し訳ありませんが、ご理解いただけましたら幸いです。

民事訴訟法について

こんばんわ。
お久しぶりです、まゆみんです。
今回は、裁判上の自白について、聞きたい事があり、メールをさせて頂きました。
1.裁判上の自白が認められた場合、証明不要効(179条)という効果が発生します。
この証明不要効が認められる『事実』は、通説によれば、主要事実・間接事実・補助事実です。
一方、解釈により、裁判上の自白には、審判排除効という効果も発生します。
この場合の事実は、通説によれば、主要事実に限られます。
両者の根拠は、弁論主義から導かれると思うのですが、なぜ、『事実』の範囲が違うのでしょうか。
なぜ、証明不要効は、主要事実・間接事実・補助事実にも認められるのでしょうか。
また、時間がある時で宜しいので、教えて下さい。
お願い致します。

民事訴訟法について(追加)

こんばんわ。
まゆみんです。
先程、うっかり忘れていたのですが、申立事項と判決事項についても、尋ねたい事がありました。
申立事項の範囲内かどうかは、訴訟物の同一性、求める審判の種類・形式の別、その範囲内かどうかによって検討される事になります。その結果、質的にも量的にも、申立事項を超えて判決する事は許されません。
そして、質的範囲内かどうかが問題になるときは、原告の合理的意思、被告の防御の利益の観点から慎重な検討が必要です。(以上、民事訴訟法講義案P.63)
これを前提にして、例えば、原告が無条件の建物の明渡しを請求している場合に、立退料の支払との引換え給付判決をすることが許されるかという問題があるとします。
この問題を検討する順序としては、まず、訴訟物の同一性、求める審判の種類・形式の範囲内かどうかを検討して、それが認められたら、次に、原告の合理的意思及び被告の防御の利益の観点を検討するという順序で良いのでしょうか。
質的範囲内とは、この2つの要件を充たすという意味でしょうかでしょうか。
訴訟物の同一性、求める審判の種類・形式の範囲内と、原告の合理的意思及び被告の防御の利益の関係性が、良く分からないのです。
お手数ですが、この質問についても、ご教授の程、宜しくお願いします。

民訴法の質問に対するご回答

>まゆみんさま

例によって正解は保障しませんが、とりあえず私見を述べておきます。

1.自白に関する質問
講義案で説明されている見解についての疑問ですね。
一般的には、民訴179条の証明不要効は自白の拘束力(審判排除効)から導かれるものであり、よって自白の成立範囲(判例は主要事実に限定)にのみ認められる、という説明がされていると思います。ここでは、証明不要効=審判排除効ということになります。
一方、講義案では、証明不要効と審判排除効を分け、民訴179条が「証明を要しない」としているのは争いのないすべての事実であり、自白による審判排除効は弁論主義の第二テーゼから説明しようとしているようです。179条が「当事者が自白した事実」と「顕著な事実」を並列に並べており、後者は間接事実や補助事実も含まれることからすれば、こちらの説明の方がよいかもしれません。
さて、このように説明されていますが、両方とも最終的な帰結は同じと思われます。というのは、一般的な見解でも、争いのない間接事実・補助事実については、争いがないことを理由として、弁論の全趣旨(自由心証主義)により認定することが可能だと考えられるからです。実務でも、争いのない間接事実や補助事実は、自白とは別に判断の基礎にしていると思います。何が違うかというと、一般的な説明が自白の効果を審判排除効一本でとらえ(証明不要効はその中に当然含まれる)、そのような効果が認められる自白の範囲を議論しているのに対し、講義案の説明は自白の効果を2つ(撤回禁止効を入れると3つ)に分け、すべての効果が認められる自白はどの範囲なのか、という形で主要事実・間接事実を区別しているところにあります。

なお、審判排除効(裁判所への拘束力)が認められるのが主要事実に限られるという判例通説の理由付けは、間接事実や補助事実について自白を肯定すると、それに基づき主要事実の存否を認定すべきことになり、自由心証主義に抵触することになるからだとされています。これによれば、争いのない間接事実や主要事実について、講義案の言う証明不要効、すなわち「証明がなくても争いがないことを理由として認定してよい=認定すべきでない場合は認定しない扱いもできる」という効果が生じることは問題がない、と言えます。

2.申立事項と判決事項の関係
本試験で処分権主義の部分は上手く回答できなかったわけですが(笑)、一応お応えしておきます。
処分権主義から、当事者が申し立てていない判決をすることはできないというのが出発点です。訴訟物が違うのであれば申立事項を外れていることは明らかですので、訴訟物の同一性は当然必要です。なので、仮に「訴訟物は異なるが当事者の意思が…」などと書くとマズいことになります。求める審判の種類・形式の範囲内かどうかという点も同様でしょう。
原告の合理的意思や被告の防御の利益の観点というのは、上記とは少し異なる実質的判断を含んでいるように思われます。原告の合理的意思から外れるのであれば、それは申立事項を外れているし(実質的には、そんな判決を出しても紛争解決のためにならないということでしょう)、原告の申立てから被告が予測できないような事項というのは、要するに審判対象とされていなかったということだから、それも申立事項とみるべきではない、ということでしょう(この部分は自信がありません)。処分権主義が私的自治の原則や自律的意思決定の尊重に基礎を置くものであるというところから説明することも可能だとは思います。
このあたりは、ローの図書館でコンメンタールなどを参照し、そこに挙がっている文献などを読んでみると納得いく理解が得られるかもしれません。

試験後の過ごし方について

はじめまして。H24年の司法試験を再受験した者です。
去年不合格となってからこちらのブログを参考に勉強を続け、ようやく先日、2回目の司法試験を終えることができました。

もしまだブログを見ていらっしゃったら、質問させていただきたいことがあります。

眠れる豚さんは、2回目の司法試験を終えられてから、9月の合格発表までどのように過ごされていたのでしょうか。

合格発表前の就活も積極的にしていらっしゃったのでしょうか。
私も眠れる豚さんと同じく、1回目の受験時に内定をいただいていたのに不合格となり、事務所の方々の期待を裏切ってしまいました。そのせいもあり、なかなか発表前に積極的に動く気持ちになれないでいます。もし積極的に動かれていた場合には、どのようなことに気をつけて就活されていたのか、教えていただければ幸いです。

次に、勉強面では、まとめノートの補充等をしていたなどの記載が本ブログにはありますが、それ以外ではどのような勉強(独学・ゼミ等)をなさっていたのでしょうか。
おすすめの勉強方法や書籍等、何かありましたら教えていただけると幸いです。

以上2点について、長文になってしまい申し訳ありませんが、お時間があればご回答よろしくお願いいたします。

ご質問ありがとうございます

>momoさま

どうもはじめまして。
受験お疲れ様でした。大変な4日間だったと思いますが、その思いが報われているとよいですね。

以下、ご質問に回答させていただきます。

1.合格発表前の就活

僕自身は、前年度に内定をいただき、現在勤務している事務所以外にエントリーをしておりませんでした。その事務所にお世話になり、惹かれていたこともありますが、実家で受験していたため東京を離れており、就活が困難であったため、合格が確実になった発表後に就活を始めようと考えていたことが大きいです(あるいは修習の内容次第で任官も考えようという気持ちでした。実際迷いましたが)。
ただ、一般論としては、就職活動は積極的に行うべきだと思います。申し訳なく思うのは、昨年自分の結果が至らなかったことであって、それを経てこの5月まで努力を積み重ねてきたのであれば、それを恥じたり申し訳なく思ったりする必要はないと思います。昨年内定をいただいた事務所の方々も、きっとそう思ってくれるのではないでしょうか。もちろん、採用政策上、二回目のオファーは出さないという事務所もあるでしょうが、エントリーすること自体は何にも悪いことではないし、本当にその事務所に行きたいのであれば、エントリーを控える理由はないはずです。
上記のとおり、ほとんど就活をしていなかったので、就活で気を付けるべきことをコメントすることはできないのですが、落ちたことを後ろ向きに考えるのではなく、再受験までの自分の頑張りをアピールするくらいの気持ちで臨まれた方が良い結果が出るように思います。

2.試験後の勉強

当ブログに記載した通りのまとめノート補筆修正や、基本書をながめるなどのほかは、取り立てて何かをやっていたわけではなかったというのが正直なところです。万全ではなかったものの(実際書いた答案にもいろいろ不備はありましたし)、それなりにやりきった感はあったので、気を抜いてしまっていたところはあったかもしれません。また、周りに他の受験生がいなかったということもあります。
法律から離れないということは合格後の修習を考えても重要ではありますが、かといってずっと根を詰め過ぎてもいけないと思いますので、試験勉強からいったん離れて、好きな科目の法律の本を読むとか、自分の興味関心に沿った法律学習をしてみるというのはいかがでしょうか。修習のことを考えるのであれば、民法・民訴法・刑法・刑訴法(の公判・証拠部分)を復習すると有益かと思います。
おすすめの文献を挙げられるほど勉強できておりませんが、現在仕事をやっていてよく参照するのは、なんだかんだいって我妻先生の民法講義シリーズであり、僕も通しでは読んでおりませんが、時間のある時に読んで損はないような気がしています。あと、修習中に刑事系で薦められたのは新実例刑事訴訟法で、これも昔は二回試験の種本だったという話もあるようですので、修習対策としても、万が一3回目の受験に突入したときの備えとしても、読んでおいてよいのではないでしょうか。

ただ、個人的には、(もし企業法務を希望されるのであれば)英語を勉強しておくのが一番だと思います。英語ができるだけで仕事のはかどり方が全く違います。ちなみに僕は、恥ずかしながらはかどっていない方であり、その反省からもこのとおりコメントさせていただきます…。

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御礼

 眠れる豚先生、初めまして。
 2回目の受験前から、このブログの大ファンでした。本日3回目の受験の発表を迎えるわけですが、不合格だった場合感謝の気持ちを伝えそびれる器の小ささを持っているので、発表前にお礼を申し上げたいと思います。
 私は、眠れる豚先生のように、昨年1点差以内で不合格となりました(2回目の受験である点は違いますが・・・)。もちろん、2回目の受験前にもブログを拝見してましたが、優秀な人なんだなぁ、某上位ローかつ成績上位者の方でも苦労される方いらっしゃるんだなぁぐらいにしか思っておらず、このブログの本当の偉大さを見過ごしていました。
 2回目の受験が不合格となった昨年9月に1点差以内で不合格となった意味を考えているときに、このブログを思い出しました。『一番よくないのは、自分には実力がないとか、頭が悪いとか、そういった良く分からない理由で諦めることです・・・』の文章が、とても私の胸をうちました。そして、勉強がつらいとき何度も救われました。このことで、司法試験に限らず、世の中のあらゆる人がいかに才能やチャンスを潰し、もったいないことをしているのではないかと、考えさせられました。
 このブログは、10年後、20年後の司法試験受験生にも役立つこと間違いなしですので、是非今後も残しておいてくださいね!!本当に、本当に、ありがとうございました!!!


 

合格のご報告

今年の試験に無事合格することができました。

 この記事にもコメントさせていただいた「再受験生」ですが、このブログは私が勉強方針を立てる上で、何度も参考にさせて頂きました。

 これから、司法修習・就職活動等、多くの課題が待っていると思いますが、気を抜かずに精進していきたいと思います。

 本当にありがとうございました。

コメントありがとうございます

発表から間が空き、お返事が遅れてしまいました。元気にやってはおりますが、さすがに去年のようにはお返事を差し上げられませんので…。

受験生の皆さま、本当にお疲れ様でした。合格発表は合格の方にとっても不合格の方にとっても大きな意味を持つものですが、同時にそれは次のステップへの始まりですので、方向は違っても、それぞれ前を向いて進まれることを祈っております。

>3回目受験生さま
コメントありがとうございます。
思ったことをつらつら書いていただけですが、それが何かしらの励みになっていたのだとすれば、筆者としても望外の喜びです。
結果は聞きませんが、どのような結果であっても、ここまで受験勉強に向けて努力されたことは無駄にならないはずです。3回目受験生様の進路が明るいものであることを祈っております。

>再受験生さま
合格おめでとうございます!
就職難など暗い話題も聞きますが、精いっぱい修習に打ち込んでいた同期はみんな、それぞれに充実した仕事をしております。受験勉強の中で培ってきたものを活かして、実り多い修習を過ごしてください。

感謝

初めまして。
このブログを残しておいてくださってありがとうございます。

私は現在京都の大学のローの2年生です。
昨年助教の先生からこのブログを勧められて何度か拝見したことがあったのですが、
その時はまだ未修1年生で、基礎を習いたてでよくわからなかったのですが、
2年間の勉強を終え、この春休みから本格的に司法試験の勉強に取り組もうと思い、
どのように勉強を進めていくか計画をたてている中で、このブログのことを思い出して
改めて拝読させていただいております。

再チャレンジの記録等、これから司法試験に向けて習得しておくべきことがよくわかり、大変参考になります。
2年間は無我夢中でとりあえず授業をこなしてきたのですが、ある程度の基礎がついてきた今、
このブログのおかげで司法試験に向けての勉強の道筋がたてることができました。
私の大学も基本は学生の自習に委ねられ、授業によってはかなり高度な議論がされるので、
勉強になり面白い反面、司法試験対策はきちんと自分でたてないと、と思っていたところ、
このブログの内容が、私の目指す勉強方法にぴたっときました。
反省部分も含めた、真摯で誠実な記録には本当に頭が下がります。感謝申し上げます。

いつか合格のご報告ができればいいなと思いながら、心からお礼のコメントを送ります。

試験結果のご報告

こんにちわ。私は、以前こちらのブログにお世話になったものです。
私は、ロースクールに入って1年目の時にこのブログに出会い、まとめのーとによる勉強方法を知り、衝撃を受けました。それ以来、ひたすらノートを作り続け、直前期はそのまとめノートだけを頼りに勉強してきました。
それまでは成績もよくなかったのですが、まとめノートが完成し、何度もノートを見直した結果、直前期の辰巳全国模試では、上位1%まで、成績が上がりました。

2日前に、1回目の司法試験の結果が発表されたのですが、無事に合格しました。2年前にこのブログに出会わなければ、確実に落ちていたと思います。それくらい、このブログにはお世話になりました。
本当にありがとうございました。

初めまして。

御報告が遅れましたが、本年度の司法試験に合格致しました。

受験勉強中は折に触れてこのブログを拝見していました。

このブログがなければ合格していなかったと言っても過言ではないと思います。

ありがとうございました。

シロートの勉強方法について

はじめまして。

私は法学部ではなく、現在は某予備校に通っています。

勉強の方向性に不安がありまして・・何とぞアドバイスをよろしくお願いします。

現在は、各教科一回ししたところで、どんな論点があるか分かったくらいです。

問題集は辰巳の肢別本を使い、こちらも一回やった程度です。

短答について

●肢別本を繰り返すか、過去問に行くか悩んでいます。
肢別本は★印と新試の過去問の問題を解きました。
正答率は3割くらいと低いです。基本書を見ると、理解はできますが、すぐに忘れてしまう感じです。
翌日、肢別本を見直すと、なんとなく○×つけれてしまいますが、それは感覚で○×つけて合ってるだけで、解説が頭に入ってきません。
完璧にしろと言われますが、どうやればよいのでしょうか?
問題集はたくさん解いた方が合ってる気がするので、過去問に行ってしまうか悩んでます。

●あと、考える肢とどっちがよいのでしょうか?
考える肢は解説がよいように思いますが、レベルとしては、肢別の方が上かとも感じてまして・・・
考える肢のAランクなら正答率は8割くらいです。
Bランクにいくか、肢別本を繰り返すか、どちらがよいのでしょうか?

長文ですみません。
お忙しい中、申し訳ありませんが、アドバイスをお願いします。

コメント・ご質問ありがとうございます

コメントいただいた方々もいらっしゃるようでどうもありがとうございます。

仕事の関係でなかなかお返事差し上げることがかないませんでしたが、コメントは拝見させていただいておりました。めでたく合格された方、合格に向けて頑張っていらっしゃる方、皆様の成功をお祈りしております。

今回は質問をいただいたので簡単に回答差し上げます。

>考える肢別さま

どうもはじめまして。

短答は得意ではなく、有益なアドバイスはできないと思いますが、気づいた限りでお返事させていただきます。

肢別本の正答率3割というのは、正直低いと思います。肢ごとに9割くらいの正答率を確保できないと得点8割は超えないのではないかなと思いますので、きちんと理解を定着させる必要があるでしょう。
単に問題を解くだけではなく、その肢がどうして合ってるのか(条文なのか判例なのか)、どこがどうして間違っているのか、といったことを意識し、それが出てこないならきちんと覚える、ということの繰り返しが重要です。覚えないといけないものは別途ノートにまとめるなどして繰り返し読む必要があります。
そういう作業に慣れてきたら、条文(判例もさらいたいので判例六法や択一六法を素読がよいかと)を読んだり、基本書を読む際に、こういうことは択一で聞かれそうだなと思えるようになるはずです。するとそこに意識が行くので自然と覚えるようになるし、もしそうでなければ抜き出してこれもノートにまとめます。

問題集の数をこなす意味があるとすれば、それは覚える対象を増やすということだけで、一度解いただけで完全に覚えてしまうような頭のよい人(そういう人はまずいないと思いますので安心してください)を除いて、定着させる作業を別に行わなければ、何問解いても結果は同じです。まずは肢別本で聞かれている内容を押さえてから過去問を解かれてはいかがですか?
(もっとも、肢別本にも過去問の肢は入っていると思いますが)

ある程度解けるようになったら、理解を定着させるという意味で、肢を高速で何周も解いて理解を定着させるということになりますが、その前段階で「なんとなく」数をこなしても、本番で「なんとなく」しか解けないということになってしまいます。短答をきちんと解ける人というのは、単に肢別本みたいなものをサクサク解ける人というのではなく、「これはここがおかしいからカット」というのがぱっと出てくる人のことを言うのだと思います。それを目指して頑張ってください。

『考える肢』は使ったことがないので申し訳ありませんがコメントはできかねます。自分がよいと思ったものをお使いになればよろしいのではないでしょうか。お金に余裕があって、基本的なフェイズをこなしたあとで問題の数をこなしたいというのであれば、肢別本と両方買って回してもよいのかもしれません。ただ、どちらか1冊の内容をおさえれば、合格には十分な知識は入っているであろうとは思います。

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ありがとうございました。

はじめまして。突然のご連絡、失礼いたします。
眠れる豚さんのブログを参考にさせて頂いたおかげで、2015年度合格することができました。
ありがとうございました。

いずれどこかでお会いできることを楽しみにしております。
お会いしてもお互い気づかないところが素敵ですね。

一言御礼申し上げたく、ご連絡差し上げました。
ありがとうございました。

初めまして。

来年から法科大学院に入学する者です。
ブログを読ませていただき、勝手ながら勉強の仕方について参考にさせていただいております。

ただ、少しブログを読んでいてもわからないことがあり、そのことについて質問させてください。

判例は各科目ごとに重要度が異なると思うのですが、各科目ごとにどの程度勉強しましたか?
またそれぞれどのように勉強したのでしょうか?

お忙しいとは思いますが、お答えいただければ幸いです。

ご質問ありがとうございます

>ニセコ様

ご質問いただきましてありがとうございます。
これから法科大学院に入学されるのですね。充実した学習生活が送れるよう頑張ってください。

言うまでもなく、判例はどの科目でも重要であり、判例を学習しなくてよい科目は存在しません。(今の試験問題を追えていないのでよく分からないところはありますが)刑訴法は最新判例を素材にした問題が頻出している感があるとかいう違いはあるものの、どの科目も判例の重要度は等しく高いという感覚です。

判例の学習には、規範を記憶・理解することと、判例の読み方や使い方を学ぶことの2つがあると思います。
前者が「試験対策」の主な内容で、これは、必ずしも百選など判例集を読まなくても、基本書などの学習で自然に身につくはずです。その意味では、判例の学習といって身構えるのではなく、普通に各法の論点を学習し、判例がどうなっていてそれに対して学説でどういう議論があるのか…ということを押さえていくことでよいと思います。
重要なことは、あくまで判例をベースとしつつ、どういうところに問題があるのか、何が判例で論じられておらず、そこについて学説でどういう議論があるのか、といった整理をしておくことでしょうか。判例で処理しきれないところの出題がポイントになることが多いからです。

後者の、判例の読み方というところは、規範を導くに至った事実関係などを下級審から読み込み、どうしてそういう処理になったのかということを事実関係から考えていく、といった学習内容になります。これはロースクールで扱ってくれるのではないかと思います。試験対策としては少し迂遠な感もありますが、実務ではむしろこちらの方が重要です。判例法理や規範は調べればすぐ出てきますが、その射程が当該事案に及ぶかが大事ですし、援用できそうな裁判例を探すためには、自分で裁判例を読んで考えなければなりません。
後者のような学習も、試験に資するものであることは言うまでもありません。私が再受験した年(2010)の行政法の最後の問題はまさに判例の読み方を問われていたものと言えますし、規範がその問題の事案に当てはまるかどうかというところで、事実関係を踏まえて論じられることは説得力を増します。
判例の読み方の学習は、「民法凡例の読み方」「刑法判例の読み方」というより、全部の法律に共通する部分があると思いますので、ロースクールにいるうちに、レポートの課題や判例読解の授業にも力を入れるという形で学習されるとよいのではないかなと思います。私が当時そうしていたかは棚に上げたコメントで恐縮ですが…。

お返事ありがとうございます。
今まで民法は判例の規範部分だけ覚えていれば良い、憲法は規範だけでなく判旨全体を覚えていなければならないなど、それぞれについて分けて考えていました。
しかしやはりそれは甘い考えだったようです。
管理人様のお返事を参考に、少しでも数年後の試験合格に近づけるよう精進します。

何度もすみません・・・

二回目の質問で申し訳ないのですが、どうしてもわからないので質問させてください。
心理留保の要件は①表示と意思の不一致②表意者がそのことをしっていること
109条の要件は①代理権授与表示②代理行為③善意無過失
ですが、どちらの条文も但書で善意無過失を要求しています。
それなのに教科書等では、心理留保の要件としては善意無過失があげられず、109条では善意無過失が要件とされています。
この2つだけの話ではないのですが、こういった、要件として善意無過失があげられる場合とそうでない場合の違いがわかりません。
立証責任などの違いかとも思ったのですが、それも違うみたいです。
第三者保護要件として、善意があげられている場合は要件とならない、ということはなんとなくわかるような気もするのですが、はっきりしません。
なのでその部分も含めて解説をしていただきたいと思い質問させていただきました。
どうかよろしくお願いいたします。

お返事遅れてすみません

>ニセコ様

お返事遅れてすみません。最近かなり立て込んでおりまして…。

ご質問の点ですが、心裡留保についての93条但書については、無権代理の「原則無効」と違い、原則有効で、知ってたり、知ることができた(知らないことに過失があった)場合に無効になるという話なので、悪意有過失の相手には無効を主張できる、という構造になりますでしょうか。なので善意無過失とは言わないのではないかと思います。

もちろんコメントで質問いただいても全く支障ございませんが、私より教官に聞くほうが迅速かつ丁寧に教えてくれるのではないかと思います。
あと、これは仕事でよく思いますが、学習的には最近の基本書が便宜であるものの、調べ物だと我妻民法講義や(新版)注釈民法が有益なので、もしご覧になっていなければ図書館で見てみるとよいかと思います。





プロフィール

眠れる豚

Author:眠れる豚
名前:眠れる豚
2009年度新司法試験で討ち死にしてしまったため、再チャレンジのために淡々と勉強してきた法務博士(無職)。2010年の試験では何とか合格することができました。

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