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再現答案4(刑事系第1問・刑法)

3日目午後の刑事系です。昨年は悲惨すぎる点を取った、個人的に鬼門の科目。
まずは第1問の刑法から。

*できる限り正確に再現していますが、後日再現したため、文章表現については本試験より整理・美化されていることは否めませんのでその点は割り引いてください。答案構成や事実の摘示評価内容、法律論の内容については本番を正確に再現したつもりです
*追記部分に反省点を書いていますが、解説や基本書などを見て書いたわけではないので、間違っているかもしれません。参考にされる方がいるとしたら注意してください


――――――――
刑事系科目第1問 刑法
問題文


第1 甲の責任
 1 甲に成立しうる罪責
  (1) 甲は直接Vに対する加害行為をしていないから、Vの死亡について作為犯としての責任は負わない。
    しかし、甲はVの妻であり、後述するようにVの生命を保護すべき保証人的地位にあったといえるにもかかわらず、Vの容態変化を医療関係者に伝えず、これによりVは治療を受けず死亡している。このように、不作為によりVの死亡に関与したことについて、甲には保護責任者遺棄致死罪(刑法218条)ないし不作為による殺人罪(199条)が成立しうる。
  (2) 上記犯罪についての法的問題
   ア 不作為殺人罪の成立要件
     まず、「人を殺した」という作為犯として規定された殺人罪について不真正不作為犯を認めることが罪刑法定主義の観点から認められるかが問題となるが、199条は人を死亡させることを禁じる規定であり、それが不作為によることを排除するものではないから、不真正不作為犯を認めることに問題はない。
     もっとも、無限定に不真正不作為犯を肯定することは処罰範囲を過度に拡張させてしまうため、作為犯と同視できるような要件を満たした上でのみ肯定されねばならない。具体的には、①自ら引き受け、あるいは条理等から引き受けるべき危険について排他的な支配を持ったことから生じる作為義務、②作為によって結果が回避できること(結果回避可能性)、③作為の容易性の3つが要件として求められると解する。
   イ 殺人罪と保護責任者遺棄致死罪の区別基準
     不作為殺人罪と保護責任者遺棄致死罪はともに不作為で人を死なせた場合に成立するから、その区別基準が問題となる。
     この点、両罪の保護責任の違いは区別し難いから、殺人の故意があるかどうかによって両罪を区別するべきであると考える。
 2 不作為行為の検討
  (1) 1時35分頃から2時までの間の行動
   ア 甲は、1時35分頃に病室に行き、1時50分頃にVの容態変化を認識したが、これを乙らに伝えず、2時に巡回に来た乙を部屋に入れないようにした。この点について、甲にいかなる罪が成立しうるか。
   イ 殺意の有無
     甲は、過去にVが同様の症状に陥った経験から、Vの容態変化が薬によるアレルギー反応によるもので、放置すると死亡するおそれがあることを認識していた。それにもかかわらず、介護への疲れや、Vの幸せのことを考え、Vが死亡することを認容した上で容態について病院側に知らせなかったのであるから、殺人について未必の故意が認められるとも思われる。
     しかし、他方で甲はVへの愛情や年金減少へのおそれから、Vが死亡することに対する否定的感情も有していたことが認められる。また、この時点ではVの容態変化を知らせるかどうか思い悩むにとどまり、Vに治療を受けさせないことを決意するには至っていないこと、この時点であればVはまだ助かるだろうと考えていること(事実6も参照)などからして、利益原則の見地からも、この時点では未だ殺意を認められないものと解すべきである。
   ウ 保護責任者遺棄致死罪の構成要件該当性
     甲は、入院中継続的にVの介護をしており、またVの妻として法律上も扶養義務を負っているから(民法877条1項)、Vを保護する責任のある者といえる。
     そして、甲は、病者であるVに治療を受けさせないことで、生存に必要な保護をしなかったものであり、これによりVは死亡するに至ったから、保護責任者遺棄致死罪の構成要件を全て充足する。
   エ 以上より、甲には保護責任者遺棄致死罪が成立する。
 (2) 2時以降の間の行動
ア その後甲は、Vの容態悪化を認識しつつ、なおもこれを乙らに伝えず、2時30分に巡回に訪れるはずの乙に虚偽記入した検温表を提示するなどして巡回をさせず(なお後述の通り、この点には犯罪は成立しない)、さらにVを置いてそのまま帰宅した。この点についていかなる罪責が成立しうるか。
  イ 殺意の有無
2時に乙が立ち去ってから、甲はVの容態悪化を認識した上で、今ならまだ助かると思いつつも、Vに治療を受けさせないことを決意し、Vの生死を運命に任せようと決意している。Vの病状が死亡する危険の高いものであるとの認識も踏まえれば、これはVの救命を放棄したものであり、Vが死亡してもよいという未必の殺意を認めるに十分である。
よって、甲は遅くとも、上記決意の上で検温表に虚偽記載をした2時15分以前の段階で、殺人の故意を有していたといえる。
  ウ 不作為殺人罪の成立要件
   (ア) まず①作為義務について見るに、甲は上記の通り保護責任者としての地位に基づきVの生命保護を引き受けた者であり、またVの容態変化を知っていたのは個室にいた甲だけであったから、Vの死亡への因果関係を排他的に支配していたといるから、保護の引受けに基づく排他的支配による作為義務が肯定される。
   (イ) 続いて②の結果回避可能性について、これは作為犯の因果関係と対応するものであるから、利益原則の見地より十中八九結果が回避できるといえなければならない。
      本件では、このような結果回避可能性が認められるのは2時20分までであり、それ以降はVの救命は確実とは言えず、この要件を満たさない。しかし、上述の通り、遅くとも2時15分までにはVは殺意を有しており、その段階でVの容態変化を乙らに伝えて速やかに救命することはできたから、それにより確実な結果回避はできたといえる。よって、結果回避可能性もあったといえる。
   (ウ) そして、Vの容態変化について乙ら医療関係者に伝え、救命措置をさせることは極めて容易であったから、③作為容易性も優に認められる。
  エ 以上より、甲には不作為の殺人罪が成立する。
3 また、甲は検温表に虚偽の記載をし、これを乙に提示しているが、この虚偽記載は私文書についての無形偽造にすぎないから、私文書偽造罪等(159条)は成立しない。
4 結論
(1) 以上より、甲にはVについての保護責任者遺棄致死罪(218条)と殺人罪(199条)が成立し、両罪は同じ主体に対して連続した意思決定に基づきされているから、包括一罪として前者が後者に吸収される。
(2) また、後述のように乙と丙にもVの死亡について過失犯が成立するから、これら罪との共犯関係が問題となりうるが、甲と乙丙の間には共謀はなく、また甲は乙丙の過失結果をいわば一方的に利用したにすぎず、乙丙の過失を促進したものではないから、共犯としての罪責は負わない。
第2 乙の責任
 1 乙に成立しうる犯罪
(1) 乙は、Vに対して殺意を有していたものではないが、E薬がVのアレルギーを引き起こすD薬と取り違えられていることに気づかないまま漫然とこれを点滴してVにアレルギーを引き起こし、また30分毎の巡回をせずにVの異常を察知しなかったため、Vは治療が遅れて死亡している。このような点について、Vには業務上過失致死罪(211条1項)が成立しうる。
(2) 過失とは結果の認識・予見可能性をいうものであるから、その成立には、主観的要件である結果の認識・予見可能性と、それを前提とした客観的要件としての結果回避義務違反が必要であると解する。以下、乙の各行為についてこれらの有無を検討する。
 2 D薬を投与した行為
  (1) 乙が取り違えに気づかないままD薬を乙に投与したことは、乙の業務としての行為であるが、この点に過失が認められるか。
(2) 予見可能性
 ア 結果の認識・予見可能性は、因果関係の基本的部分について要求されると解する。本件では、乙はVがD薬にアレルギー体質を持っていたことを失念していたとはいえ事前に確認はしていたし、一般的に薬がアレルギーや副作用により患者を死に至らしめる危険も有することは予想しうるといえるから、Vが誤った薬の投与で死亡するという基本的因果関係については予見しえたといえる。
 イ もっとも、本件では乙は薬剤師の丙を信用していたから、丙が誤った薬を交付しないものであることを前提に行動した乙について、薬の誤投与という事態を予見することはできず、またそのような危険を想定する義務はなかったとも考えうる。
     しかし、丙は薬剤師として薬の専門的知識を有しているとはいえ、単純な薬の取り違えについては専門性と関係なく生じうるから、丙への信用が合理的であったとしても、上記予見可能性が否定されるものではない。
  (3) 結果回避義務違反
そして乙は、ラベルを見れば処方と異なるD薬が渡されていることが分かったはずであるのに、薬と処方せんの写しを対照して確認するというA病院の規定を守らず、D薬を漫然とVに投与したのであるから、薬の取り違えによる危険を防ぐ義務に違反したといえる。
  (4) 以上より、乙には薬の投与行為について業務上過失致死罪が成立する。
3 巡回をしなかった点
 (1) 乙が甲の言葉により命令されていた巡回を怠ったことが、過失となるか。
(2) この点、巡回を怠ることでVの危険を察知できずにVを死なせるということの予見可能性が問題となる。
    本件では、乙はVの発熱や高齢などを理由にして医師Bから30分毎の巡回を命じられているから、これに違反すればVの容態変化を見逃してVの救命にかかわるということは予見しえたとも思われる。
    しかし、本件で乙が巡回をしなかったのは、Vの妻である甲に入室しなくてよいと言われ、また甲が虚偽記載された検温表を示して巡回不要と申し出たからである。甲は入院中継続的にVの介護をしており、乙は甲に対して何かあれば知らせるよう伝えており、甲もそのようにして乙に配慮してきている。このような甲の介護状況からして、乙としては、甲がVの容態変化を隠し、虚偽の検温表を示してまで救命措置を拒むことは想像しがたいし、またそのように甲を信じることは合理的といえる。
  (3) よって、乙が甲の言葉に従って巡回をしなかったことでVの容態変化を見逃すということについては予見可能性に欠け、あるいは甲にVの観察を委ねたことで結果回避義務は充足されたといえるから、巡回をしなかったことにつき過失は否定される。
4 結論
  以上より、乙には投薬について業務上過失致死罪(211条1項)が成立する。
これと、後述する丙の過失犯との共犯関係について、過失の共同正犯の成否が問題となる。この点、過失犯の規定も60条により修正されて共同正犯が認められるといえるし、過失行為を共同惹起することも十分考えられるから、過失の共同正犯は成立しうると考える。そして、本件でも、丙による薬の取り違えと、それをそのまま投与した乙の行為が相まってVが死亡しているから、過失の共同正犯が成立しているといえる。
よって、業務上過失致死罪は丙との共同正犯の関係に立つ。
第3 丙の罪責
 1 過失の成否
  (1) 丙についても、薬を取り違えたまま乙に渡した点について、業務上過失致死罪の成否が問題となる。なお、丙が業務上薬を渡していることに争いはない。
  (2) 予見可能性
    丙は薬剤師であり、その副作用やアレルギー作用のあることについて当然知っていたはずであるから、誤った薬を交付して投与されることで患者Vを死亡させることがあることは当然予見可能であった。丙がBの処方を信用してアレルギー体質などについて確認しなかったことはこれを左右するものではないし、本件では一般にD薬にアレルギーを持つ者に対して代用されるE薬が処方されていたのであるから、専門家たる薬剤師としてはアレルギーのあることを当然に予見すべきであったといえる。   
  また、薬の取り違えが起こる可能性についても、薬の補充は必ずしも薬に通じていないA病院関係者が行うものであって作業ミスの可能性は十分考えられるし、特にD薬とE薬は同じ解熱消炎剤でありアンプルの外観もほぼ同じであるから、誤って混入される可能性は高く、両薬の特徴などを知っていた丙はその取り違えについても十分予見しえたと考えられる。
(3) 結果回避義務違反
  しかるに、丙はBにVのアレルギー体質などをチェックする義務を怠り、取り違えでアレルギーが起こる可能性について特に意識することないまま、アンプルの薬名を確認することなくD薬を乙に交付している。このように、然るべきチェックやラベルの確認を怠った点に、結果回避義務違反が認められる。
 2 結論
   以上より、丙には業務上過失致死罪が成立し、前述の通りこれは乙との共同正犯となる(60条,211条1項)。
以 上


【感想・反省点など】
一読して、受験生が勉強してこないけど実務上重要なポイントを狙った出題だなぁと感じました。過失犯とはなんとも困ったなぁということで、奇をてらわず事実評価を丁寧にやって守りに入ろうと考えて解きました。しかし今思えばもう少し攻めてもよかったかもという気はしています。
時間配分は構成30分、答案作成90分というオーソドックスな展開でした。

甲の罪責については、不作為の殺人罪と保護責任者遺棄致死罪の検討が問題となりそうだと考え、そのように事案を読んでいました。どうも結果回避可能性が認められる時点について議論がありそうなので、殺意の生じた時点と結果回避可能性の認められる時点との先後関係で罪責が決するというところが認定上の勝負だと考え、基本的処理枠組みについての論述と事実の評価を丁寧にやろうという方針で解答。
ということで、不作為殺人罪の成立根拠や要件について詳しめに展開し、さらに殺人と保護責任者遺棄致死の区別基準についても論述し、それに沿って再現の通り検討して殺人罪を肯定しました。しかし、今になって思えば、そもそも甲の一連の不作為を(殺意の生じた時点で分けているとはいえ)二つに分断した答案は不自然で、一連の不作為全体が殺人罪か保護責任者遺棄致死罪か…という検討の流れがよかったように思います。その中で、殺意があれば殺人罪だとした上で、その既遂未遂を問題とする中で結果回避可能性を論じる(不作為で結果回避可能性がないという場合には未遂も生じないという理解もありうるのでこの点の検討もできる)という構成がよかったのでしょう。
また、不作為を二つに分けて理解するのであれば、それぞれの行為の因果関係について議論する余地もあったかもしれません。因果関係はむしろ乙丙の罪責との関係で問題とすべきだったのですが(後述)、甲についても、僕のように二罪を検討したのであれば、保護責任者遺棄致死と殺人で死の結果について二つ罪が成立しているのはおかしく、いくら包括一罪にしたとしても、何かしら言及があるべきだったように思います。

乙丙の罪責については、一まとめにした上で(1)過失犯の評価枠組、(2)乙丙それぞれの過失の認定、(3)共犯関係という形で論じたほうが分かりやすかった気がします。人ごとに書くとはいえ、論点が被っているので。
過失については旧過失論を前提としつつ、変なことを書かないように法律論は薄めにして事実評価で頑張ることに。信頼の原則っぽい事実もありましたが、信頼の原則の位置づけについてあやふやだったので、あまり法律論として書かずに事実評価として触れるに留めました。いずれにせよ結論を左右することにはならないので。
共犯関係については、本来ならば乙丙の共同惹起という実質を丁寧に検討すべきでした。すなわち、病院においては薬剤師から投薬する看護士に至るまでの間にチェックが期待されており、乙丙は投薬という治療行為を共同して行っていたと言ってよく、過失についても相互に確認すべき義務を怠ってされたという共同惹起が認められるといった評価です。時間がなかったのでここを流してしまったのは残念です。過失共同正犯の理由付けなどより、事実評価のほうが大切だったでしょうか。また、片面的共同正犯の議論も、上記のような事実評価があればいらないし、いずれにせよ検討漏れをフォローするものにはなりません(むしろ有害的か)。

さらに検討漏れとして指摘されるべきは、甲の不作為が乙丙の過失犯との関係で因果関係に影響を与えないかという点です。甲側の検討で、乙丙との共犯関係は問題にならないという議論はしていますが、逆に乙丙側では甲との関係を書き落としてしまいました。時間がなかったとはいえ、構成のときにもう少し法律論に意を払っていれば、思いつくことはできたはずです。
具体的には、甲がきちんと容体急変を知らせていれば死ななかったのであるから、乙丙の過失は死亡に至るべきものではなかったといえないか…という議論です。危険の現実化説からすれば、死に至るようなアレルギー反応をもたらすミスであることを踏まえつつ、甲が容体急変を知らせないということはある種異常であるとはいえ、死亡結果は当初の危険が現実化したものといえるし、そもそも甲がいないのであれば文句なく業務上過失致死にあたる以上、乙丙と無関係な甲の不作為により因果関係が切断されるのはおかしいと論じることになるのでしょう。

以上、法律論について論点落ちはありますが、全員が書く論点であるとも思われませんし、基本的な流れと事実の評価はそれなりに書けたと思いますので、50点は超えていることを期待したいところです。できれば昨年の刑事系得点(66点)を一科目で超えられればベストなのですが、守りにいった答案なのでそれは別にいいです。
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ほぼ構成同じです。

書く順序は違いますが、内容はほぼ同じです。

相違点としては、私は乙丙の因果関係を切ったくらいでしょうか…あとは、管理人様ほど丁寧な過失の認定はしていません。他に、細かい箇所はありますが、ほとんど点数が振られないと思うので、ご安心を…って何に安心するのでしょうかね(笑)


少し疑問なのですが…不作為の殺人の箇所で、保障人的地位と作為義務がごっちゃになっているような印象を受けました。
私の理解では、保障人的地位があるから不真正不作為犯の構成要件該当性が考えられ、保障人的地位の程度と構成要件の内容で作為義務の程度を決め、可能性と容易性から同価値性を認定すると思うのですが…
しかし、ブログで再現されている方々皆さん管理人様と同じように不作為犯を書いているので、私の理解不足かな?と反省してます。


にしても、形が整っていて、当てはめも丁寧になさっていますし、受験生全体として出来ていない人が多いと思いますので、きっと良い点数がつくのではないかと思います。少なくとも私より良さそうです(泣)


長々とすみませんでした。
刑法は好きなので…それに、読んでいて楽しくなる文章でしたので、長々と書いちゃいました。重ねてすみません。

コメントありがとうございます

>さむがりさま
内容が似ていたとのことで、こちらとしても安心できます。誰も書いてない内容を展開するというのが一番危険な試験なので…。

乙丙の因果関係については、論じているだけ印象が良いのではないでしょうか。結論として否定するというのは賛同できませんが(過失行為で死に至る因果の流れは設定されており、これに対して不作為が介入したことで過失行為への帰責性が失われるというのは、不作為行為が新たに法益侵害を生んだわけでもないことからしておかしいように感じます)、乙丙の過失について認定していれば、答案上問題はないのでしょう。何にせよ、論じないよりよさそうです。

作為義務のところは、作為犯との同視可能性を担保するための要件として要求されているのだという理解をとっています。僕の理解が正確であるかは保障できませんので、以下、基本書の該当部分を引用しておきます。

山口厚『刑法総論(第2版)』79~80頁
「不真正不作為犯においては、不作為と構成要件的結果との間に因果関係が存在するだけでは、構成要件該当性を肯定することができない。(中略)そこで、学説・判例は、不真正不作為犯の成立要件として、保障人的地位に基づく作為義務の存在を要求してきたのである。積極的に何もしなければ処罰されないことは自由主義に基礎を置く刑法の大原則である以上、刑罰の威嚇により一定の作為を強制することは、特別な事情がない限り認めることができないのであるから、こうした要件を課すことは実質的に見ても必要であるといえる。また、その不作為が作為による結果惹起と同じ構成要件に該当するためには、それを担保する特別の条件も必要である。保障人的地位に基づく作為義務はそうした不作為と作為との同視可能性を確保するものとして要求されることになる。」

山口先生の理解だと、結果回避可能性が不作為の因果関係として要求され、それに加えて作為による結果惹起との同価値性を担保するために保障人的地位=作為義務が要求されるということです。ただ、ほかの先生は異なる理解をしているのかもしれないので、これが一つの答えだということはないのかもしれませんが。

今回は刑法だけでなく、他の科目でも法律論で凝らずに事実の評価を丁寧にやって守りきろうということで頑張ったつもりではあります。
しかし、刑法については、因果関係論なども含めて、もう少し法律論を攻めてもよかったのかなぁという気はしています。昨年のトラウマが尾を引いたというところでしょうか。

また何かございましたら遠慮なくコメントいただけるとうれしいです。
それでは。

返信コメントありがとうございます。

因果関係に関しては、切った理由として、三人の行為で一人の法益を侵害した場合、同時犯も共同正犯も認めずして、どのように一人の生命という代替不可能、不可分な法益を侵害したといえるか、というのに自信がなかったからです。


ちなみに、不真正不作為犯に関しては、私の読み間違いでした。ちゃんと保障人的地位は書いてますね。不真正不作為犯の成立要件前に書いてあったので、ちょっと読み違えました。


すると、やっぱり因果関係以外は、ほぼ同じ内容を書いていることになります。あてはめは管理人様の方が丁寧だと感じます。お互い期待できる科目だといいですね♪

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殺人罪の検討のところは、かなりマズイ気がします。
作為義務があると書いてますが、どういった行為が期待されていたのか、全くわからないです。実行行為がかなりぼやけてしまっている印象です。

実行行為の時点を厳密に特定すべきでは。2時から2時半の行為というような書き方をすれば、時点の特定がされていないと判断されかねません。
不作為犯を継続犯と考えているかのような誤解を与えかねないかもしれません。

コメントありがとうございます

>マンモスさま
作為義務の内容については、答案の最初のほうで「Vの容態変化を医療関係者に伝えず」と書いてはいますが、その後で具体的に特定することはなかったので、もっとしっかり書けばよかったでしょうね。
不作為犯についてしっかり答案を書いた機会がないので、実際書いてみると変になってしまったところがあります。不作為犯における実行行為の捉え方についても正直なところ良く分からないところで、不真正不作為犯としての殺人罪は継続犯ではないというのもマンモスさまのコメントではじめて考える機会がありました。本件のような、必要な治療行為を与えないという事案は継続犯的要素がある(治療すべき義務を前提とすると、監禁罪に似ている?)ようにも思えるのですが、また勉強しないとなぁといったところです。



あと、管理人向けコメントで、甲の罪責について因果関係の議論が落ちているという指摘がありました。刑法は全体的に不備が思い当たるところが多いのですが、因果関係の検討落ちはその中で最たるものなので、痛いところだなぁと反省しています。
甲の因果関係については、殺意の有無で2つの罪責が成立すると考えると(これ自体事案の評価としてどうなんだろうという気がしていることは感想で書いたとおりです)、熊撃ち事件との関係で検討すべきだったところです。これについては『刑法事例演習教材』に次のような解説があったので、参考のため載せておきます(やったのに書けなかったのは残念です…)。

「甲に不作為の殺人罪が成立すると考える場合、故意の犯罪行為が介在することで法的因果関係が否定されると解すると、傷害罪と不作為の殺人罪が成立することになる。その罪数については、併合罪とする考えと、包括一罪とする考えがありうる。他方で、不作為が介在した場合は、行為の危険性がそのまま結果に実現しているので因果関係は否定されないと解すると、傷害致死罪と不作為の殺人罪が成立することになるが、死の結果を二重に評価することは適当でないので、致死の点については殺人罪に吸収されると解して、傷害罪と不作為の殺人罪の併合罪になると考えるか(結論として、因果関係を否定したのと同じになる。熊撃ち事件はこのように理解することも可能であろう)、包括一罪として、傷害致死罪全体が不作為の殺人罪に吸収されると考えるか、2つの考えがありうるであろう。」(同書11P)

僕の答案は結論としては最後の考え方を取ったものですが、不作為の後行行為(保護責任者遺棄致死に対する不作為殺人)が介入していることによる法的因果関係について全く論じていないので、この点で大幅に減点されていることは免れないでしょう。
不合格が判明したら最初にやるべきことの一つとして、刑法事例演習教材を答案構成だけでなくフルで書いて検討するという作業をリストに入れておくことにします。

生意気な指摘になってすみません。
私の経験からすると、一つ一つの要件を丁寧に検討するだけで刑法は沈むことはないといえます。
必ず構成要件、違法、責任、共犯の順に検討するだけです。
構成を見ますと、いきなり故意認定をしている点が気になりました。
これは答案スタイルの問題ですから何ともいえませんが。


熊打ち事件については包括一罪処理もありうるのですね。勉強不足でした。

あと、15分の時点を殺人罪の実行行為と考えてらっしゃるようですが、そのようにとらえると殺人既遂になるのか、疑問なのですがどうでしょう。熊打ち事件は第2行為によって死亡した事案ですが、果たして本問はどうでしょうか。
仮に作為犯の問題であれば15分の行為によってVの死期が早まったといえれば因果関係があると思います。逆に、死期が早まっていないのであれば因果関係はないのでは?
これは不作為犯においても同様ではないかと思うのです。
故意行為の介在と考えるのであれば、介在事情が結果にどれだけ寄与をしたのかを説得的に論じた上で結論をださないといけませんね。

駄文申し訳ありませんでした。

いろいろ考えさせられます

>マンモスさま
いえいえ、ご指摘をいただけて大変勉強になります。
実践的な答案練習の量には不安があったこともあり、今回の本試験でも不作為犯の処理で混乱してしまったというのが正直なところでしたので。

最初に故意の認定をしたのは、本問だと保護責任者遺棄致死と殺人の区別が問題になるかと考えたからです。あとは、(理論的な問題はともかくとして)構成要件的故意として最初に故意を検討しておくと答案が書きやすくなる場合がある気がしていて、そういう答案を作成することがあったことも関係しています。このあたりは割と行き当たりばったりだったところがあるのですが、マンモスさまもおっしゃるとおり、刑法はフォームを守ることが大切な感があるので、この点はもっと意識すべきでした。

不作為犯の実行行為の理解については、指摘を受けて改めて考えてみましたが、自分でも良く分からないところがあります。
僕の理解では、不作為犯では特定の時点ではなく継続的な状況が問題となるから、容態変化に気づいて作為義務が生じた1時50分から不作為犯(の未遂)が成立しうることになり、あとは故意と不作為犯の他の要件(とりわけ結果回避可能性)の充足により犯罪が成立すると考えています。これを前提としたので、1時50分以降の不作為殺人罪の成否は、殺人故意と結果回避可能性の両方が備わっていた時間があったかどうかにかかってくるので、結果回避可能性が失われる2時20分以前に殺人故意が認められるという認定でもって殺人既遂を認めてよいということで、再現のような書きぶりになった次第です。
*ただ、こう考えると、再現で2つに分断して罪責を検討したのは不自然で、前半部分に独立して保護責任者遺棄致死を成立させたのは不当というべきでしょう

一方、マンモスさまは、不作為犯においても死期を早めるといった形で結果との関係で因果関係を有する実行行為を求める必要があると理解されるようですが、確かにそれはそうだと思います。ただ、不作為犯においてそのような実行行為を細かな時間ごとに分析すること、例えば「2時14分の不作為状況は死期を早めていて、15分の不作為状況は死期を早めていない…」といった思考が、結果回避可能性と独立して可能なのかということについては、良く分からないところがあります。
すなわち、不作為犯における因果関係は「すでに生じている結果への因果を遮断せず放置するという不作為」(西田典之『刑法総論』初版P.107)との関係で問題となるから、不作為によって結果自体は変わらない以上、結果を防止しなかったかどうかというシンプルな思考で足りるし、それしか考えられないのではないかということです。もちろん、結果回避可能性がなければ、作為をしても結果は防止できなかった=不作為と結果発生に因果関係はなかったということになりますが(西田先生は結果回避可能性がなければ実行行為性が欠如し、未遂犯も成立しないと理解しています)、結果回避可能性がある以上、作為をすれば結果は防止できたという意味の因果関係はあり、それで足りるのではないでしょうか。

不真正不作為犯では殺人罪が継続犯となってしまうのか、と言われると確かに気持ち悪いものがありますが、「法益の侵害と共に犯罪が終了する」のが即成犯であるから、殺人罪の実行行為を継続的状態と捉えること自体は即成犯としての理解と矛盾しないとはいえないのでしょうか。このようなことはこれまで考えたこともないのでよくわかりませんが…。

何にせよ、解答時の印象よりずっと難しい問題だったのだなぁと思わされているところです。他の方はどう処理されているのか分かりませんが、あまりよい評価は得られなさそうではあります。

参考までに。

私は、不作為の殺人の実行行為を午後2時30分に設定しました。
この時点の甲の行為が、作為による殺人と等価性を見いだせると思ったからです。

そうなると、困ったのが因果関係の有無です。2時20分までなら、十中八九という規範をたてられるのですが、2時30分になると、十中八九という規範では、因果関係が認められなくなってしまう…
そこで、不作為の場合は、「期待された作為があれば、救命された可能性がある」という規範を自分なりに設定して、因果関係を肯定してしまいました。この辺はどう評価されるか分かりません。

薬剤師たちの過失と、結果の因果関係は、通常の折衷的因果関係説で甲の故意行為の介在があるので、死との因果関係を否定し、致傷にとどめました。

簡単ですが、流れとしてはこういう感じです。

難しい問題ですね…

>とおりすがりさま
参考になるコメントありがとうございます。

乙の巡回を妨げた時点において、治療を受けさせるという作為義務への違反が作為犯と同視できる程度に高まったと考えたわけですね。
僕の場合は「病院にいるのだから個室にいる妻は速やかに知らせるべきだろう」という形で緩く作為義務を考えていたので、作為義務違反の程度を考えることはなかったのですが、作為義務の内容の理解によっては2時30分にはじめて処罰に値する実行行為があったと見ることができるのかもしれません。いずれにせよ、作為義務との関係で実行行為の評価をしっかりする必要があったと反省させられます。

結果回避可能性(不作為の因果関係)については、判例の「十中八九」に反対するような学説を聞いたことがないので、可能性だけで認めて良いかというのは個人的には怪しいような気はします。判例がそのような強い結果回避可能性を認めるのは利益原則の現れなので、作為義務について作為犯との同価値性を強く要求する場合はなおさら、結果回避可能性もきちんと評価すべきではないかというのが普通なのかな、とは感じます。
結果回避可能性を否定する場合、2時30分以前の段階での保護責任者遺棄致死(作為義務が殺人罪より弱くなるともいえそう)の検討と、殺人未遂の成否(結果回避可能性がない場合に実行行為性を認めて良いかどうか)について論じることができるので、甲に罪責を負わせないと気持ち悪いという場合でも、結果回避可能性を否定する筋はありえたと思います(殺人既遂は無理ですが)。

乙丙の行為とV死亡の因果関係は確かに問題となりうるところですね。
ただ、本件では甲の故意行為が介在しているとはいえ、それは不作為であって投薬にかかる過失に基づく発作での死亡結果に影響を与えたものではないので(作為があれば防げたかもしれないけど防がなかった、というだけ)、危険の現実化を問題とすればもちろんのこと、相当因果関係説を取ったとしても因果経過の相当性が否定されることはないような気がします。
ただ、気づいているだけでも僕の答案より注意がされていると思いますし、妻による監護がされていることが相当な因果経過の中に取り込まれて評価されるべきだといった理由付けによる正当化の余地もあるかもしれませんね。

いずれにせよ、今年の刑法もなかなか難しい問題だったなぁということを今さらながらに感じています。
刑事系を解き終わった後は、簡単ではなかったけど昨年に比べて一通りは書けたという感じだったのですが、この場でいろいろとご指摘など受けて、そう甘いものではなかったということでどんどん不安になってきます。終わったことなので自分を信じるしかないわけではありますが…。

No title

お返事ありがとうございます。

今考えると、妻の行為と結果との因果関係を否定して、殺人未遂という手もあったかも知れません。
ただ、十中八九の判例の前田先生の解説では、十中八九というのは80~90パーセントという意味ではなく、もっと幅のあるものであるとのことだったので、既遂でも行けるんじゃないかと思いました。

薬剤師らの過失と、死の結果の因果関係については、確かに「不作為」に過ぎないとはいえ、甲の「未必とはいえ」故意行為が介入している以上、やはり否定されるべきでしょう。

生意気言ってすみません。勉強になりました。

せっかくコメントいただきましたので

>とおりすがりさま

僕も一受験生であり、合格しているかも疑わしい状況にありますので(特に刑事系はいろいろ瑕疵がありそうで…)、生意気だとかそういうことは考えるべくもありません。いろいろな見解を聞いて勉強させていただいております。

さて、乙丙の因果関係についてですが、せっかくご意見をいただきましたので、もう少し僕の思うところを書いておきます。実際の答案には論点自体触れていないわけですが。

相当因果関係説の意図するところは、因果関係の相当性によって処罰範囲を規範的に限定しようとするものだと思います。例えば西田先生は「刑罰の目的は予防であるが、刑罰の本質は応報である。その応報感情からみて、どこまでの結果をその行為の仕業として帰責すべきかが因果関係論なのである。(中略)洗練された応報思想からは、客観的帰責の判断においても、経験則上稀有の危険や因果経過を考慮すべきでない。そこに相当性説の理論的基礎がある」(西田典之『刑法総論』初版P.95~96)と説明されています。
このような意図からは、単に故意行為が介入しているというだけでは、規範的に結果を帰責すべきでないということはできないのではないでしょうか。すなわち、介入行為の影響により、結果が当初の行為者ではなく介入者に帰責されるべきものになったといえなければ、因果関係の相当性は否定されないはずです。

本件では、Vの死亡結果自体は、乙丙の過失行為により生じたものであり、ここに甲が変化を加えたものではありません。もし甲がいなかったとすれば、乙丙は業務上過失致死の罪責を負うことになります。そして、甲の存在が乙丙の過失行為(のうち、丙の巡回に関する部分を除いた部分)に影響を与えたものでない以上、甲が部屋にいて容体変化を伝えなかったという事情は、乙丙に結果を帰責させることを妨げるものとは思えません。甲がたまたまいたので死亡につき罪責を負わなくなるというのは、少なくとも僕にはおかしなことと感じられます。
甲がVの死亡について不作為での罪責を負うということも、本件での乙丙の罪責に影響を与えるものではないでしょう。乙丙の罪責は過失により危険を作り出したことを理由としますが、甲の罪責はVを介護していた妻としての立場により生じた作為義務に違反したことを理由としており、それぞれ独立しています。ですから、Vの死亡について甲も乙丙もともに独立して罪責を負うことは可能であり、一方の存在が他方を否定するという関係にはないでしょう。

以上を要するに、本件での介入行為たる甲の不作為は、乙丙の作り出した結果自体を変容させるものではなく、独立に処罰の理由を持つものであるから、乙丙の過失行為と死亡結果の対応を規範的に否定する理由はなく、因果関係を否定すべきではないと考える次第です。
もちろん、乙の巡回のように、甲がいることを前提として医療行為が行われることはありえるわけで、その意味で甲の存在が乙(丙は甲を知らないようなので関係ないでしょう)に影響を与える可能性はありますが、それは乙の注意義務・結果回避義務という過失の認定において考慮されるべきではないでしょうか。逆に言えば、そこで甲の存在について評価されつくしているのに、過失犯の因果関係において甲の存在を持ち出すというのはおかしな気がします。

以上が私見ですが、どうやら乙丙の因果関係を否定される方も少なくないようなので、そういう筋が有力なのかもしれません。このような問題は教科書に論じられているわけでもないので、一通りに答えが決まるものでもないのでしょう。
そのような問題をコンパクトに、かつ説得的に論じることが要求されていたのでしょうが、そもそも論じること自体を回避してしまったのは返す返す残念です。
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眠れる豚

Author:眠れる豚
名前:眠れる豚
2009年度新司法試験で討ち死にしてしまったため、再チャレンジのために淡々と勉強してきた法務博士(無職)。2010年の試験では何とか合格することができました。

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